2010年08月20日
第7回オキナワ・クラブカルチャー
コーナー解説
那覇市でDJレコードショップを16年経営し、フリークプロダクションとしてもオキナワのクラブシーンに貢献してきたアンクル・カヤに、NY、東京のクラブの発祥時期から現在のオキナワクラブシーンにいたるまで、糸数美樹が質問をしながら語っていただくコーナーです。
今回 第7回放送のテーマは 「火の玉ホールとの出会い Pt.1 」
今回は放送中にもレア写真も紹介しました
94年あたりの東京~沖縄のシーン から 火の玉ホールを紹介
今回はパート1です。
ではでは 番組放送内容↓
M) 宜しくお願いいたします。
K) 今回は、93年沖縄に移住後、初めて出会ったクラブ「火の玉ホール」さんの歴史や状況を語りたいと思います。
那覇市、沖縄市のDISCOやSOUL/BAR通いしながら、ここなら何か始められそうだと思ったのが、
現在21年目という日本一長寿CLUBとなった火の玉ホールです。
現ボスにしてDJ前森喜一「以下 キーチ」さんは、その個性的なキャラで、沖縄の地元はもとより県外でもファンが多い。
アジア人離れした情熱を持ち、その存在感はカリスマ的なんです。あつ~い男なんだ
火の玉の当時のスタッフ、キーチさん、天久さん、また、ゆうちゃんさん、DJシンさん(ゴーヤボーイズ)、シンジロウなど火の玉スタッフに我々は、大変お世話になる事になる。正しく沖縄で最初の恩人達ですね。
【火の玉ホール】
1989年5月 ~ 2010年8月現在 現住所は、那覇市おもろまち4―9―10 ブギービル 3F
K) 本当にクラブで20年というのは、ありえないんですね。東京でいうと08年惜しまれつつクローズした西麻布「イエロー」や
今はなき、青山「MIX」や「328」、また現在営業されている箱では全国的に有名な札幌「プレシャスホール」や京都「メトロ」、
最近復活した福岡「O/D」や、西麻布「クラブ・ジャマイカ」「ソウル・ソニック・ブギー」などが長いキャリアである。
そういえば、福岡のO/Dさんが那覇に出した VOIDも懐かしいです。
僕もレギュラーDJやイベントでお世話になりました。早くから DJ KRUSH や DEV LARGE×MUROなどよんでました。
さてさて
「火の玉ホール」は、21年目であり、成人式を超えた。間違いなく日本トップクラスの長寿クラブではないでしょうか。
まさに沖縄、長寿の国であすね~。
M)クラブって夜の世界だしブラックな部分てありそうなので 大変そうですね
K)そうなんですよ。風営法やケンカ、ドラッグなど まあ ライブハウスにしても興行にしても そういうものは常につきまとう。
だから21年って脅威的なんですよ。ハンパない、、
現在ボスにして、沖縄名物DJのキーチ氏と六本木でDJしていた天久氏が東京より戻り、沖縄伝説のDJ「MI‐PAN」(以下DJミーパン)氏らと牧志の川沿いの地下1F「アキラ」の跡地に火の玉ホールを立ち上げる。
当時の那覇では、「マハラジャ」「エイリー」「シュガーヒル」などのDISCOが人気であったが、火の玉は、スタート時から独自のクラブ・スタイルというものを築いていたのではなかろうか、、、
当時を振り返りキーチ氏は語る。
「時代はまさにDISCOからCLUBに変わる時期。東京在住時代に、「第3倉庫」で「ラファエル・セヴァーグ」がラテンやブーガルーなどの選曲を自由にプレイしているシーンを見てきた自分にとって、クラブ・スタイルは自然なもの。ファッションも同様で、DCブームより今の裏原宿的セレクトショップでチョイスしてきた感覚もそれ同様である。」
MOMO VIVA BUG KAYA
DJ NU-DOH
小林 径 キーチ
以下、火の玉ヒストリーをまとめてみました。
【火の玉ホール 第一期】
89年5月オープン。オープン時の戦略として玄人ターゲットとして、営業時間を深夜0時から朝の8時までとした。
その狙いは当たり、アシバー(遊び人)の他、DISCOやBARの営業を終えた業界人なども集まり4ヶ月間、毎日100名以上の集客があったという。真っ暗な店内では、DJミーパン氏の選曲の元、流行に敏感な人が集まった。現在のような沖縄のクラブ特有の泡盛フリードリンクなどのスタイルではなく、テーブルにはワイルドターキーやフォーローゼスのボトルが置かれ、大人が集った。現在沖縄の飲食界をリードする兼次氏や糸数氏、また那覇にある「最強」のオーナーであるマート氏なども初期スタッフであった。
第二期 開南 火の玉ホールの歴史からは 次回か次次回 放送オキナワコーリン8回or9回でお話いたします~
また 火の玉ホールさんや沖縄クラブカルチャーについては、
僕も書いた本「沖縄チューン」でチェックできますよ~
沖縄のコンビニや 全国の書店でも販売中
沖縄チューン 扶桑社
8回放送は 急きょ アトランタから帰省した okinawan women MC
asian wish child こと AWICH をゲストに迎える予定です~
お楽しみに~
那覇市でDJレコードショップを16年経営し、フリークプロダクションとしてもオキナワのクラブシーンに貢献してきたアンクル・カヤに、NY、東京のクラブの発祥時期から現在のオキナワクラブシーンにいたるまで、糸数美樹が質問をしながら語っていただくコーナーです。
今回 第7回放送のテーマは 「火の玉ホールとの出会い Pt.1 」
今回は放送中にもレア写真も紹介しました
94年あたりの東京~沖縄のシーン から 火の玉ホールを紹介
今回はパート1です。
ではでは 番組放送内容↓
M) 宜しくお願いいたします。
K) 今回は、93年沖縄に移住後、初めて出会ったクラブ「火の玉ホール」さんの歴史や状況を語りたいと思います。
那覇市、沖縄市のDISCOやSOUL/BAR通いしながら、ここなら何か始められそうだと思ったのが、
現在21年目という日本一長寿CLUBとなった火の玉ホールです。
現ボスにしてDJ前森喜一「以下 キーチ」さんは、その個性的なキャラで、沖縄の地元はもとより県外でもファンが多い。
アジア人離れした情熱を持ち、その存在感はカリスマ的なんです。あつ~い男なんだ
火の玉の当時のスタッフ、キーチさん、天久さん、また、ゆうちゃんさん、DJシンさん(ゴーヤボーイズ)、シンジロウなど火の玉スタッフに我々は、大変お世話になる事になる。正しく沖縄で最初の恩人達ですね。
【火の玉ホール】
1989年5月 ~ 2010年8月現在 現住所は、那覇市おもろまち4―9―10 ブギービル 3F
K) 本当にクラブで20年というのは、ありえないんですね。東京でいうと08年惜しまれつつクローズした西麻布「イエロー」や
今はなき、青山「MIX」や「328」、また現在営業されている箱では全国的に有名な札幌「プレシャスホール」や京都「メトロ」、
最近復活した福岡「O/D」や、西麻布「クラブ・ジャマイカ」「ソウル・ソニック・ブギー」などが長いキャリアである。
そういえば、福岡のO/Dさんが那覇に出した VOIDも懐かしいです。
僕もレギュラーDJやイベントでお世話になりました。早くから DJ KRUSH や DEV LARGE×MUROなどよんでました。
さてさて
「火の玉ホール」は、21年目であり、成人式を超えた。間違いなく日本トップクラスの長寿クラブではないでしょうか。
まさに沖縄、長寿の国であすね~。
M)クラブって夜の世界だしブラックな部分てありそうなので 大変そうですね
K)そうなんですよ。風営法やケンカ、ドラッグなど まあ ライブハウスにしても興行にしても そういうものは常につきまとう。
だから21年って脅威的なんですよ。ハンパない、、
現在ボスにして、沖縄名物DJのキーチ氏と六本木でDJしていた天久氏が東京より戻り、沖縄伝説のDJ「MI‐PAN」(以下DJミーパン)氏らと牧志の川沿いの地下1F「アキラ」の跡地に火の玉ホールを立ち上げる。
当時の那覇では、「マハラジャ」「エイリー」「シュガーヒル」などのDISCOが人気であったが、火の玉は、スタート時から独自のクラブ・スタイルというものを築いていたのではなかろうか、、、
当時を振り返りキーチ氏は語る。
「時代はまさにDISCOからCLUBに変わる時期。東京在住時代に、「第3倉庫」で「ラファエル・セヴァーグ」がラテンやブーガルーなどの選曲を自由にプレイしているシーンを見てきた自分にとって、クラブ・スタイルは自然なもの。ファッションも同様で、DCブームより今の裏原宿的セレクトショップでチョイスしてきた感覚もそれ同様である。」
MOMO VIVA BUG KAYA
DJ NU-DOH
小林 径 キーチ
以下、火の玉ヒストリーをまとめてみました。
【火の玉ホール 第一期】
89年5月オープン。オープン時の戦略として玄人ターゲットとして、営業時間を深夜0時から朝の8時までとした。
その狙いは当たり、アシバー(遊び人)の他、DISCOやBARの営業を終えた業界人なども集まり4ヶ月間、毎日100名以上の集客があったという。真っ暗な店内では、DJミーパン氏の選曲の元、流行に敏感な人が集まった。現在のような沖縄のクラブ特有の泡盛フリードリンクなどのスタイルではなく、テーブルにはワイルドターキーやフォーローゼスのボトルが置かれ、大人が集った。現在沖縄の飲食界をリードする兼次氏や糸数氏、また那覇にある「最強」のオーナーであるマート氏なども初期スタッフであった。
第二期 開南 火の玉ホールの歴史からは 次回か次次回 放送オキナワコーリン8回or9回でお話いたします~
また 火の玉ホールさんや沖縄クラブカルチャーについては、
僕も書いた本「沖縄チューン」でチェックできますよ~
沖縄のコンビニや 全国の書店でも販売中
沖縄チューン 扶桑社
8回放送は 急きょ アトランタから帰省した okinawan women MC
asian wish child こと AWICH をゲストに迎える予定です~
お楽しみに~
Posted by unqle K at 16:01│Comments(0)
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